2010.02.06(土)
2010年1月29-31日
ロレックス 24 at Daytonaは間違いなく世界で最高のスポーツイベントの1つであるといえるでしょう。毎年1月末になると、世界中、そして数々の有名なトップレーシング・シリーズのドライバー達がアメリカン・レーシングの発祥の地であるデイトナに集まります。
ロレックス24に向けて準備に打ち込むドライバー達の姿を見て、このレースの賞金はすごい金額に違いない-と思われるかもしれません。しかし、実際の所はレースへの参加によりこの世界規模のレーシング機関が開催するレースとそのシンボルの一部としてこのイベントに携わるという誇りが根底となっているのです。

デイトナの巨大な競技場で、スタンドがこのレースのためにファンで埋め尽くされるということはありませんが、アメリカ全土と世界からテレビを通してレースの模様を観戦するレースファンの数は莫大なもので、およそ2億5千万人ほどであると言われています。毎年恒例のこのイベントは、NASCAR、IndyCar、Grand-Am、F1等、エキサイティングなモータースポーツの新シーズンの幕開けでもあります。
デイトナのスーパースピードウェイ・トラックはロレックス24に向けて、馬蹄形カーブを2つとシケインを加えるために拡大されました。3.47マイルコースの長い直線路とバンク角が高いカーブはレースカーの速度を最大限にまで引き出した後、ドライバーが素早くスピードを落とし馬蹄形の急カーブを曲がりきることが出来るようになっています。
NASCAR Sprint、NASCAR Nationwide、IndyCarシリーズを通して3年間にわたりレースに参戦してきたインターラッシュレーシングは、一年に一度開催されるこのレース界のシンボル的イベントに参加する体制が整っていました。そして、INTERUSHにとってフェラーリF430レーシングチームに加わり参戦することは条件としてピッタリでした。
フェラーリといえばもちろん、世界中のエリート層の人々から求められる、最も美しくエキゾチックでハイパフォーマンスなスポーツカーです。そして車の色を選ぶことが出来たなら・・・・フェラーリといえば赤と決まっている、ということになったのです。
INTERUSHのグラフィックデザインチームは赤のフェラーリを見事に魅力的なレースカーへと変身させ、デイトナではINTERUSHのフェラーリがピットに向かってガレージを走り、コースに出る度に皆が振り返るほどでした。
INTERUSHを最初にSigalsportチームとチーム・オーナーのジーン・シーガル氏に紹介してくれたのは、ロジャー・安川選手です。彼らはドライバーとマシン両方の耐久力とパフォーマンス能力が試される過酷な24時間レースに向けて4人メンバーのドライバー・チームを構成中でした。
シーガル氏は「Grand-Amスポーツカー・シリーズで再びレースに復帰できることをとても嬉しく思います。今年のRolex 24ではフェラーリF430でレースに参加することになり、数々の素晴らしいスポンサーの方々にGTクラスの応援をしていただき嬉しい限りです。我々のメインスポンサーはINTERUSHで、チームドライバーはIndyCarドライバーのロジャー・安川、ラスティ・ウェスト、フレッド・ポーダッド、私(ジーン・シーガル)の4人となります。クルー・チーフのGuiseppe de Gennaro、またエンジニアのBrian Maをはじめとするチームメンバーが良いマシンを用意してくれたので、私達はきっと良い結果を残すことが出来ると思っています。レースに臨むのがとても楽しみです。」と述べました。
僅か5シーズンの間にシーガル氏はチームをクラブレーシングのレベルから国際耐久レーシングのトップレベルへと導き、また自身も熟達したドライバーとして高い評価を受けており、2007年にはGrand Prix of Miamiで優勝を成し遂げました。



チームのメインスポンサーであるインターラッシュは、レースカーのグラフィックデザインにおいて主導権を握り、インターラッシュの提携ブランドやマーケティングのコラボレーションパートナーのロゴを多数のせることが出来ました。
私達のINTERUSH、IRIS、PHYTTER、MySpeedwayRacer.comのロゴに加え、新しい関連ブランドとの提携関係を公表する目的も兼ねてiRacing.com、Motorsport Simulationsのロゴ、そしてGoogle AppsのロゴをINTERUSHと縦に並んでフェラーリのロゴのそばの車のボンネットの真ん中部分にのせました。また、チームをサポートする意味で格式高いFerrari Club of Americaのロゴものせられました。
INTERUSHにとって私達の車が幸運をもたらすとされる08番であったこともまた嬉しいことでした。レースにおいてはどんな運にでも味方して欲しいものですからね!
当初は私達がこのレースでの唯一のフェラーリとなることと思っていましたが、幸運にも2台目のフェラーリの参戦が後に決まりました。
実はこのイベントにおいて大きな難関となったのは、フェラーリをより標準に近い車にするためにエンジニア達があれこれと手を施さなければいけなかったことです。それは車をすべての参戦チームに平等な競技の場を提供する目的で提示されたイベントのルールに沿わせる為でした。問題となったのは優れた性能のフェラーリを他の参戦マシンと同格のレベルに下げるために何点かの調整が必要だったことです。
まず、フェラーリF430はホイールをしっかり固定するためのハブロックが1つだけしかありません。しかし、他の参戦マシンには一つのホイールにつき5つのスタッド/ボルトが配置されているのです。このことが原因で、ピットでのタイヤチェンジがフェラーリにとって不当に有利になるとされ4つのホイール全部をNASCAR標準に合わせて特別に作った5つのスタッド/ボルトの付いたホイールに取り替えなければなりませんでした。
その上、Grand-Amの規定によりブレーキを6ポッドから4ポッドに換えなくてはならず、この2つの大きな調整が車のホイールハブの仕組みととサスペンションアップライトに不具合を生み出し、限られた短い時間の間に急遽適切なパーツのデザインと製造が必要となったのです。
ロジャー・安川選手は整備が完了した車をコースへと出しましたが、毎時200kmを超えるスピードでバンク角の高いデイトナ・インターナショナル・スピードウェイのカーブを曲がる安川選手を車輪の激しい振動が襲いました。その揺れ具合は、マシンの安全な運転を脅かすほどひどいもので、チームのエンジニア達は時速200kmを超えたときに車の四方全てで起こる問題の原因は恐らくチームによって製造されたホイールハブ・スペーサーの構造によるものであると示唆しました。
メンバーはパーツの加工による問題の早急な解決を試みましたが、走行テストも出来ず問題の解決が実際に可能かどうかも定かでない状況で、チームに残された道はただ一つとなりました。チームドライバー、レースカー、そして他の参加チームの安全性を最優先に考慮した結果、チームはレースへの参加を断念せずを得ませんでした。
INTERUSHのレースへの参加断念の決断が下されたあと、フェラーリの兄弟チームからの申し出により、INTERUSHのカンパニー・ロゴとパートナーのロゴの大部分がフェラーリ#52にレイアウトされました。当初のデザインは失われてしまいましたが、INTERUSH、iRacing、Google Appsのロゴは今度はもう一台のエントリーである美しいシルバーカラーのフェラーリ上に再び大きく現れることが出来たのです。
ロジャー・安川、ジーン・シーガル両選手に対しても#52のレースチームへの参加のオファーがありましたが、ドライバー変更は予選終了後5時間以内に必要書類を提出して行われなければならないという制限時間を既に超過していたため、ルール上認められないと判断されてしまいました。



土曜日は曇りのややひやりとした天気で午後を迎えました。3:30 pm のスタート時間の2、3時間前になると小雨に見舞われ、本格的に降り出したかと思うと、ついには激しい雨となってしまいました! にもかかわらず、スタート位置にはドライバー達を乗せたレースカーが並び、コックピットの部分は出来るだけドライな状態にしておくための傘や防水シートがかざされていました。3:25になりついにオープニングコールの「Gentlemen, start your engines!」の掛け声がかかりました。






防水シートは取り除かれ、ワイパーが動き出し、エンジンの音が大きく響き渡りました。多くのレースカーはまず濡れたコースの感覚を掴んでタイヤをウオーミング・アップさせるために数ラップをゆっくりとしたスピードでこなし、いよいよレースが本格的にスタートしました。
レースが開始してから最初の数時間は、悪条件の中スピンアウトやカーブでのクラッシュなどが多発し、どのチームも警戒態勢をとっていました。この数時間のうちに何台もの車がコントロールを失い草地や 舗装エリアに滑り出し、ひどいケースではガードレールやタイヤウォールに突っ込むという事態が発生しました。



日が沈みかける頃には既に6台の車がレースからリタイヤし、インターラッシュのフェラーリ#52も馬蹄形カーブをターンする際に運悪くスピンアウトしガードレールに突っ込んでしまいました。フロントエンドがフレーム部分から垂れ下がった状態のフェラーリは数秒後コース上へと戻り、破損状況を調べるためにエンジニア達が待つガレージへと運ばれました。
カウリングの残った部分を取り除き、ダメージを受けた前方フレーム部分はもとの部分に打ち直され、ラジエーターはコーナー部分の形を直すために一旦地面へと置かれました。Sigalsportの運搬用車両から運び出されたフェラーリ#08からは、バンパー部分がはずされました。
2時間かけて修理が行なわれたフェラーリ#52は他の残存チームに対して何周ものラップをロスしたにもかかわらず、新しいバンパーを装着し見事にレース復帰しました。耐久レースではいかなることも起こりえるのです。
レース復帰後3時間はフェラーリは快調な走りを見せていました。雨は既に止んでいましたがコースの地面はまだ濡れており、冷たい気温のせいで路面はとても滑りやすい状態でした。いくつものスピンアウトや衝突が発生し、破損した数々の車体が修理のためにピットエリアやガレージへと運ばれてゆき、中には修理不可能となった車もありました。
午前3時ごろ、シルバーのフェラーリはラップ走行中にスピンアウトの末、リアエンドを壁に衝突。合計走行距離400マイル (640km) をハイスピードで走ったフェラーリはこの2度目のスピンアウトの後ついに修理不能となり、残りの16時間はとうとうレースに復帰することが出来ませんでした。
明け方ごろには当初44台のエントリー車両は半数ほどになっていましたが、引き続きハイスピードでの戦いが繰り広げられていました。それぞれのチームは約1時間毎にタイヤの交換を行い、ドライバーは約2時間毎に交代していました。

最後にはドイツのチーム、アクション・エクスプレス・レーシングのデイトナプロトタイプクラス、ポルシェ#9がライアン・ダルジール、テリー・ボルシュラ、マイク・ロケンフェラー、ジョアン・バルボーサのチームメンバーで755周という素晴らしい記録を残し優勝を遂げました。また、GTクラスでは、#70カストロールSyntecマツダRX-8で参戦したチーム、SpeedSource(ドライバー: Sylvain Tremblay、Nick Ham、David Haskell、Jonathan Bomarito)が、見事クラス 優勝を果たしました。
アクション満載のレースにマシン、クルーメンバー、ドライバー、メディアレポーターの皆が疲れ果てていましたが、優勝チームがチェッカー・フラッグまで走りきった時には歓喜に満ちあふれ、ビクトリー・レーンへと変わったそこには勝利者たちに群がるメディアで一杯となりました。優勝を飾った彼らにはロレックスデイトナのスペシャル・エディションの時計が贈られました。きっと彼らは一生誇りをもってその時計を毎日身に付けることでしょう。
彼らは世界で最も格式高く過酷であるとされるレースの1つであるロレックス24 at Daytonaの優勝者に輝きました。競技場、そして世界中から観戦していた何億人という人々にとって、このレースに勝つということがどのようなものかは想像しがたいのではないでしょうか。
現在、Interush RacingとSigalsportは両者の今後について思索中ですが、世界最高のイベントの1つであるエキサイティングなレースを通してINTERUSH、iRacing、そしてGoogleのつながりはより強いものになったことと確信しています。
アメリカ カリフォルニア州 アーバイン (2010年2月4日)
iRacing.com Motorsport SimulationsがInterush, Inc.とのコラボレーションでアジア市場へ展開
2010 ロレックス 24 at Daytona レース報告
ロジャー・安川、SigalSportからフェラーリでRolex24時間レースに参戦
Interush /フェラーリ F430GT GRAND-AM ROLEX 24 時間デイトナレースへ参戦